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KIKOERU?
KIKOERU

 

IWAYAMA SAN 岩山さん

IWAYAMA SAN

岩山さん: ワールドカップ、フランス優勝おめでとうございます。

ダニエル: ありがとう!

岩山さん: ここが本堂です。ここは日本で一番小さな臨済宗のお寺です。住職がいるお寺 の中で一番小さいという意味です。空き寺はいっぱいあるんです。というのも、小さいお 寺だと食べていけないんです。生活が成り立ちません。

ダニエル : 沢山が人が来ないという意味ですか?

岩山さん: お寺には檀家さんが存在します。檀家さんのお墓がお寺にあり、家族の誰かが亡くなった時、お葬式や法事をお寺で行います。

IWAYAMA SAN TEMPLE

ダニエル : 座禅についてもお聞きしたいです。どのように座禅会を開催されているのでしょうか。

岩山さん: 日本のお寺で座禅をしているのは臨済宗と曹洞宗くらいです。大学か高校を卒 業し、少なくとも3年間僧堂で修行するとお寺を継ぐことができます。お寺は9割方世襲 制です。だからお寺に子供が生まれたら、お父さんは継いでもらいたいわけですよ。継が ないと、家族がお寺を出なきゃいけないんです。お寺に生まれた長男もしくは次男は修行に行かなくてはな らない。自分のお寺から僧堂に行き、自分のお寺を継ぐための資格をここで得るんです。 坐禅は僧堂ではし なくちゃいけないので皆をしますが、自分のお寺に戻ったら、大半の方は座禅から疎遠になります。必然的にお寺で行われる坐禅会も減りますね。

IWAYAMA SAN

ダニエル : 日本の大半のお寺でしているのは、お葬式や法事ということでしょうか。

岩山さん: それが経済活動、宗教活動、更に布教活動でもありますからね。

ダニエル : 檀家さんからの需要、自分の幸福のために座禅を学びたいとか、仏教の教えを請いたい というのはないのでしょうか?

岩山さん: 檀家さんに仏教の教えを伝えたり、座禅会をするお寺もあります。けれども檀 家さんはそもそもお墓を持っているので、教えがあってもなくても、そこまで需要がある わけではないんです。檀家さんにとってはお寺がお経を読んでお葬式や法事をやってくれれば、それが一番の役割を果たしているんです。だから日曜日などに和尚さんが必ず座禅 会をして檀家さんを呼んで、というのはダントツ少数派です。私は そもそも座禅に縁があり、それが出家をするようになった大きな要因でもありましたし、 禅宗の教えの核だと思います。朝の5時から6時半ま で、夜の9時から10時半までインターネットと寺で坐禅会を行っています。

ダニエル : 沢山の人が訪れますか?

岩山さん: いや、少ないですよ。去年ここに来たばかりですから。60年くらい誰も住ん でなかったんですよ。まず全部ここを綺麗にしたんです。外も庭も、来たときはジャング ル状態でしたね。すごい綺麗にしたんですよ。本堂もそうですけど、窓も暖房もなかった んです。まず1年くらいかけて再建しました。それで座禅会を始めたというよりは、座禅をしたいんですという方が声をかけてきたんです。私がこちらでしてます、というよりは 来られたのでそれに対応するという感じでした。参加者は少ないです。お寺が小さいので、 来てもらうよりは出向いた方がいいと考えるようになったんです。だから私は東京の会社 に行って、会社で座禅を行っています。

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ダニエル : 面白いですね。座禅は会社では管理職の方か普通のサラリーマンかどういう方が主に 興味を持たれるのでしょうか?

岩山さん: 興味があるのは役職の方、必要としているのは普通の社員の方ですね。上層 部の人はけっこう興味があって、でも実際に激務を毎日こなしているのは平社員の人たち で、その人たちが座禅をすることによって心の荷がちょっと軽くなるという感じでやって います。私は上の方に対して話をして、実際には新入社員とか平社員の人たちと一緒に座 禅をしています。私はこのお寺に入って檀家制度に頼らない僧侶のあり方を模索しなくて はならなかったんです。というのも現在日本で何が起きているかというと、檀家さんのお 寺でのお葬式離れです。今のお坊さんから葬式をとったら何が残るか考えてみてください。 それで私が思ったのはちょうどいい、と。弱みを強みに転換するのは今までの私の生き方 なんですが、小さいお寺に入って、檀家制度には頼れないわけです。だから必然的に背水 の陣というか、檀家制度に頼らない、僧侶の新たな社会的な役割を生み出すことを迫られ ているんです。そうしないと食べていけないんですよ。会社に出向いて座禅をするという のがその一つの新たな在り方だと思います。

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ダニエル : 学校にも出向いたりされるんですか?

岩山さん: 今度は相撲部屋にも行くんですが、幸いなことに私は英語ができるので、1社目に契約したのがグーグルさんなんです。六本木に行って社員さんむけに座禅を行うんで す。

ダニエル : 子供向けにもされていますか?

岩山さん: 子供はとてもいいですね。ちょっといいものをお見せします。娘がいるんです けが、朝に座禅をするんです。姿勢がいいでしょう。一緒に座るんです。10分か15分だけ 子供と朝一緒に座ると全然違うんです。子供がすごく優しくなります。今5歳で、4歳から 始めました。朝起きて一緒にお経を読んでそして座って、ただ座るとつまらないから、座っ て終わったら2人で対面して、必ずお互いほめあうんです。お母さんのこと、私のこと、 自分のことをほめる。最後にハグをして終わり。子供は自分で自分を静めることができな いからある意味可哀想なんですよね。親として、静かになる時間を教えるだけじゃなくて 共有することが大事だと思います。

ダニエル : 子供の頃の話を聞かせてください。私のインタヴューのテーマは、子供時代にさかのぼり、自分の中にいる子供について語っていただくことなんです。

岩山さん: 私は赤ん坊を目指しています。

ダニエル : 赤ん坊になるんですか、それとも戻るということでしょうか?

岩山さん:それは戻るんですよね。自分自身の中に子供の部分というのはありますよね。 年をとってくると滅多に出ませんけどね。けれども座禅というのはそういうものですよ。 心が赤ん坊に戻るんです。花を見る時、幼稚園のときに「あーひまわりだ」って見て笑う、 そういう心です。今、大の大人がそうなりますか?座禅をして一輪の花をまたその赤ん坊 のときのように見れる。自分が今までたくわえてきた心の垢を少しずつ落とし、その先に 何があるかというと無邪気に花だけ見つめられた、そういった心で物事に接することがで きるんです。

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ダニエル : お子さんもこうした精神の新鮮さをずっと保ち続けることができるということですか?

岩山さん: うーん色々ありますからね、そんなに無邪気じゃなくてもいいと思うけど、 子供のときの純粋な心に戻れる作法を教えてあげたい。いつもそうでなくてもいいけれど、 戻りたいときに自分で戻れる方法を教えてあげたい。諸行無常で色々ありますからね。

ダニエル : 自分でそういう状態に戻れる選択の自由というか・・・。昔に戻って、小さかった頃に 起こった出来事で、それが今のご自身の人生につながっているなという思い出はあります か?

岩山さん: 私の父親はドイツ人ですが、私がいたずらをすると、必ず夜仕事から帰って きた後に2人で座禅をしました。ドイツで、父が庭に小さな禅堂を自分で作ったんです。僧侶だったわけではなく、ただの物好きで、3回引っ越して3回お堂を作っていたほどで す。

ダニエル : お母様も座禅に興味があったんですか?

岩山さん: 母は英和に行って上智大学に行っていたので、キリスト教系で、私もプロテスタントの洗礼を受けたりしました。実のところ、あまり私は宗教を支持しておりません。禅宗 坊主というのがどういうものかというと、どのカテゴリーにも属さないのが本来の姿なん です。禅宗にも所属しないんです。本来の禅宗坊主はそうであるべきだと思います。衣であっ て、国籍であっても、今属している物事に執着しないのです。

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ダニエル : 子供のときから繋がっていた道・・・人は皆見出すべき道、各自にとってたった一つの 道、天命や使命のようなものがあると思いますか?

岩山さん: 自分が今置かれているこの状況を全身全霊、俗語で言えば一生懸命に生きる と、その一瞬が天命になります。それをその時その時続けるか続けないか、中途半端にい い加減に今を大切にしなかったらそれは天命ではありません。その瞬間に、その時まっす ぐにすべての力を注ぎ込むことができたらその瞬間が天命です。あくまでも私の意見です が。もっと簡単にいえば、あなた自身が今にちゃんと存在しているという自覚をもって存 在している、それが天命であり運命といえるのではないでしょうか。

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SPECIAL THANKS FOR TRANSLATION : Miki IIDA

NIHONGO
VERSION FRANCAISE FRANCAIS
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